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東京地方裁判所 昭和29年(タ)259号 判決

主文

原告と被告とを離婚する。

被告は原告に対し金五万円及びこれに対する昭和二十九年十二月十七日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

原被告の間の長女雅子の親権者を原告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告と被告とを離婚する。被告は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和二十九年十二月十七日から支払ずみに至る迄年五分の割合による金員を支払え。原被告の間の長女雅子の親権者を原告と定める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに金三十万円及びこれに対する損害金の支払いを求める部分について仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

(一)  原被告は昭和二十二年二月十四日結婚の式を挙げ爾来同棲し、即日戸籍吏に婚姻の届出を了した。而して原被告間には昭和二十七年八月二十五日長女雅子が生れた。

(二)  被告は情婦小森トヨを原告が反対するにもかかわらず、昭和二十八年二月二十日頃自宅に引き入れ、爾来同居させて常に情交を重ね、原告がこれを諫めれば更に反省の色なく却つて怒つて原告に暴力をふるうので、原告は被告との同棲生活にたえかね、昭和二十九年二月十五日長女雅子を連れて実家に帰り今日に及んでいるが、被告は依然として訴外小森トヨと公然同棲生活を継続している。

(三)  原告は郷里福島県田村郡都路村の小学校高等科を卒業し郷里で結婚したが協議の上別れて、昭和十三年頃上京一時女中奉公をしたり、翌十四年六月頃自から飲食店を営んでいたが、戦災にあつて、帰郷し、終戦後上京して知人福田たかの媒酌で被告と婚姻するに至つたのである。郷里では実兄が農業を営み居村で中の上の生活を営んでいる。被告も郷里の小学校高等科を卒業して、現在自動車運転手を業とし収入は月に手取り金三万円内外である。

(四)  以上のような事実であるから原告の右被告の不貞行為による慰藉料は金三十万円を以て相当とする。

よつて原告は被告との離婚を求め、併せて慰藉料として金三十万円及びこれに対する本件訴状の副本が被告に送達せられた日の翌日である昭和二九年十二月十七日から支払ずみに至る迄年五分の遅延損害金の支払いを求める。なお原被告間の未成年の長女雅子の親権者は、本件離婚事由と現在原告において実家の援助のもとに右雅子を養育中であり。しかも将来も亦実家等の援助のもとに教育監護を全し得る見込みであるから、原告と定められたい。と陳述した。

(五)  被告の原告の身持ちに対する主張について、原告は郷里で一度結婚し、上京後一度同棲生活を営んだことはあるが、ともにその関係を夫々円満に解消した後、被告との婚姻生活に入つたもので、被告と婚姻後被告主張のような不貞行為を犯したことは全くない。被告こそ訴外小森トヨと不貞行為を継続し、あまつさい原告に対し暴力をふるうし、肋骨や顔面に傷を被つた。と述べた。(立証省略)

被告は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、原告主張の原因事実に対し、

(一)の事実中婚姻同棲の事実は認める。

(二)の事実のうち訴外小森トヨを被告方に同居させたことは認めるが昭和二十七年十二月十八日原告が長女雅子を連れて実家から帰つたので小森トヨを被告方に同居させるのをやめたが、再度原告が翌二十八年十二月十五日雅子を連れて無断で実家に帰つてしまつたので、被告も小森トヨを連れ戻し先妻との間の子供や被告の世話をさせるため同棲現在に至つている。

(三)の事実に対しては、原告は上京前郷里において最初の結婚を為し、数年にして別れて上京、日本橋方面の知人である理髪店に身を寄せ女中奉公をしているうちに情夫を持つたが、程なく別れて、池袋方面の呑み屋に女中として住込み、その際立教大学の学生と情交を続けた。しかし、その学生とも別れ独立して飲食店を経営しているとき板橋方面の人の妾となり、豊島区千川町に居住家屋を新築して貰い、居住中戦災にあい郷里に疎開したのである。被告は原告との結婚後健康を害したので北区滝野川二丁目八番地において原告をして露店飲食店を経営させたところ、原告は被告が自動車運転手のため一昼夜交代で一日おきに夜分も留守になるを奇貨として情夫をつくり、自宅に連れ込み売春行為を為したのみならず、近所の桜ケ丘女学校新築工事に従事していた土方と懇意となり自宅に連れ込み不貞行為を犯しているのを、被告に発見されて夫婦喧嘩の未、被告もたまりかね原告に暴力をふるい傷害を与えるに至つたものである。被告は自動車運転手として自動車会社にやとわれ固定給として月収二万円を支給され、小森トヨ及び先妻の子豊代の二人を扶養して円満な同棲生活を営み、生計費を切り詰めその残余を以て、原告が被告方に残した約八万円の債務の弁済に当つている次第で、原告との離婚には異議なきも、慰藉料等支払う意思なきは勿論、これが支払を為すべきいわれは全く無きものである。又雅子は原告において養育に当つているから原告を親権者に指定されるについてはさして異議なきも、父として引渡を受ければこれが養育の責を果すにやぶさかでない。

と陳述した。(立証省略)

理由

戸籍簿の謄本であるから真正に成立したものと認める甲第一号証と原告本人尋問の結果とによれば原告主張の(一)の事実を認めることができる。次に果して原告主張のような被告に不貞行為があるかどうかについて検討するに証人福田たか、同宗像春次、同島幸の証言及び同小森トヨの証言の一部と原被告本人尋問の結果とを綜合すれば被告は昭和二十七年初頃情婦小森トヨを被告方に同居させ情交を続けるので、原被告の夫婦生活は円満を欠き原告は無断で郷里の実家に帰り長女雅子を生み、同年末近く右雅子を連れて上京被告方に帰つたので、被告も小森トヨを別居させたが、被告とトヨとの情交関係は継続された。斯くて原被告の夫婦生活は破綻し、原告は翌二十八年十二月再度郷里の実家に帰つたので、被告は程なく小森トヨを自宅に戻し爾来事実上の夫婦として同棲し現在に至つていることを認めることができる。証人小森トヨ、及び同本多文子の証言並びに被告本人尋問の結果のうち右事実認定と矛盾する部分は当裁判所の信用し得ないところ、他に右事実認定を覆すに足りる証拠はない。

然らば原告の被告の不貞行為を理由とする離婚請求は理由があるので、これを認容すべく、更に進んで慰藉料の額について考えるに、原被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば原告は郷里福島県田村郡都路村の小学校を卒業後郷里で結婚したが、初婚に失敗して上京し、女中奉公をしたり、自ら飲食店の経営をしているうち、他の男性と同棲生活をしたこともあつたが戦災にあつて一旦郷里に疎開し、終戦後上京して被告と婚姻するに至つた。原被告は被告の先妻の子豊代と三名で平隠円満な家庭生活を続けたが、暫くして被告が病気のため北区滝野川二丁目八番地に原告をして露店飲食店を経営せしめ、その利益で生活するの余儀なきに立至つた。もとよりそれによつて生計は立つたが営業が営業であるため、原告が不貞行為を犯すとまでには及ばなかつたが、夫たる原告に被告の貞操に対する不信感をいだかしめるような原告のわるふざけもあつて、家庭生活はとかく円満を欠き、被告もそとで遊ぶ誘因ともなつたこと。被告は現在月収約二万円の自動車運転手で、先妻の子豊代と情婦小森トヨを養つていること。を夫々認めることができる。被告本人尋問の結果及び証人小森トヨ、同本多文子の証言のうち右事実認定に矛盾する部分は当裁判所の信用しないところ、他に右事実認定を覆すに足りる証拠はない。以上の各事実とさきに認定した被告の不貞行為の態様等諸般の事情を参斟し被告の不貞行為に因る原告に対する慰藉料の額は金五万円を以て妥当と認める。而して本件訴状の副本が被告に昭和二十九年十二月十六日送達せられたことは本件記録に照し極めて明かである。よつて被告は原告に対し慰藉料として金五万円及びこれに対する右訴状副本が被告に送達せられた日の翌日から支払ずみに至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき責あるを以てこの範囲の原告の慰藉料請求は認容すべきも、これを超過する原告の慰藉料の請求部分は理由がないので棄却すべきである。

なお原被告の未成年の長女雅子の親権者は現在原告において実家の援助の下に右雅子を養育しており、将来も亦実家の援助のもとに教育監護を全し得る見込あること、原告本人尋問の結果及び証人西春次の証言に照し明かであるから、本件離婚事由と併せ考え、原告と定めるを妥当とする。訴訟費用の負担については民事訴訟法第九十二条但書第八十九条を適用し、慰藉料の支払部分についての仮執行の宣言はその必要なきものと認め、主文の通り判決する。

(裁判官 加藤令造)

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